2005年09月25日

痛ましいというか、やりきれないというか、甘すぎると言うか・・・。

Yahoo!ニュース - 共同通信 - 目の不自由な二男殺害 70歳母逮捕

<全文> 目の不自由な二男殺害 70歳母逮捕
 山口県警彦島署は23日深夜、目の不自由な二男を殺害したとして、殺人容疑で同県下関市彦島山中町の無職吉原雪子容疑者(70)を逮捕した。
 調べでは、吉原容疑者は同日午前9時ごろ、自宅で二男浩二さん(33)の首をひもで絞め、殺した疑い。吉原容疑者の左手首に切り傷があり、同署は無理心中を図った可能性があるとみて調べている。
 浩二さんは目が不自由で、下関市内の社会福祉施設に通っていた。吉原容疑者は近所の人に「二男の将来が心配」と話していたという。
 同日午後4時半ごろ、吉原容疑者自身から「息子を殺した」と110番があった。


 老い先短い自分のことを考えたときに、目の不自由な息子の将来を悲観するというのは想像できる。
 ある意味責任感のある、ありすぎる母親だったというのも想像できる。
 もしかすると、目が不自由になった理由を、母親である自分に求め、長い間、己を責めていたのかもしれない。
 これって全部僕の勝手な想像上の記述ではあるけれども、とは言え、そう外してるとも思ってない。
 日本人のこういった背景って、似たり寄ったりである事が多いからね。
 「子どもは親の所有物」だとか「子どもがしたことは親の責任」とかって考え方でガチガチに固められてる世代もあるだろうし。
 まあ、その全部が間違ってるわけではないとは思うけど。
 ただ、自分(親)の都合のいいタイミングでそういう理屈を持って来るのが問題だと思うのよ。
 何で33歳の成人した今になって無理心中を強いることができるのか。
 その部分については理解に苦しむ。
 障害を持ってるとは言え、立派な人格を持った一個の人間に対して、一体どういう権限があって命を奪えるのか?
 親だから?
 健常者だから?
 親にとっての子どもという関係が、いつまでたっても変わらない事実だとしても、しかしそれは論理が飛躍しすぎている。
 かといって客観的にお互いの関係を認知できていない幼稚な親、子離れできてない親の甘さだと言えばそれで済む問題とも思えない。
 親子の関係の間に、何だか有無を言わせない無意識の「強者の論理」が存在してるように思えてならないのですよ。

 昔、僕がまだ小学生だった頃、一家心中をした家族の話を聞いた。
 聞いたと言うか、隣に住んでたお姉ちゃんが僕の家に来て、ずっと泣き続けてたのだけ覚えてる。
 姉ちゃんの仲のよかった従姉妹が巻き込まれたらしい。
 いや、実は知らない子ではなかった。
 僕もその女の子を何回か見た事があった。
 夕焼け雲の下、家の裏の畦道を軽トラの荷台に立ち乗りした女の子が、僕の目の前を走り抜けて・・・そのシーンは今でも鮮明に覚えてる。
 その子がどうやって殺されたのかは知らない。
 心中の理由もわからない。
 小学生の僕の前でそんな話がされたとは思えないし、例え聞いていたとしても理解できなかっただろう。
 ただそのとき、幼心にも、なんであの女の子が死ななきゃならなかったのか、それについてだけはかなり理不尽な感情を抱いた。
 怒りの感情に近かったかもしれない。
 しかしその矛先をどこに向ければいいのか、当時の僕には見当もつかなかったよ。
  
 今回の事件もそうだけど、ここ最近のネット自殺、練炭自殺のニュースを聞くたびにいつも思う事がある。
 これは僕の勝手な思い込みかもしれないし、見当違いなことを言ってるのかもしれないが、敢えて誰も言わないから言ってみる。

 「自分が死んでいく事に対しての恐怖を紛らわすために、周りの子どもや弱者を自分の道連れにするな!色々もっともらしい難癖を付けて騙しを美化するな!卑怯だ!死ぬなら勝手に独りで死んでろ!」

投稿者 jizo : 2005年09月25日 19:23 | トラックバック (0)
コメント

jizo様へ 
 日々、障害のある人とその家族に関わる仕事をしている立場から。
 jizo様の今回の意見には全面的に同意します。ネット上だとしても、jizo様が子どもの時に感じた思いを、いつか誰かと共有できると良いなぁと思いました。

それでは又。
 
 

Posted by: yoshida : 2005年09月27日 02:22

 yoshidaさん、コメントありがとうございました(つかもしかしてヨッシー???)。
 過激なこと書いてるなあと自分でも思いながら、でも親の身勝手で殺されていく子どものニュースなんかを目にすると、どうしても昔の記憶が蘇ってくるのです。
 一種のトラウマかも。
 yoshidaさんも日々の仕事で大変だと思いますが、頑張ってください(これは禁句だっけ?)。
 福祉のセーフティーネットを広げる事で、これ以上こういう痛ましい事件の口実を作らせないようにしたいですね。

Posted by: jizo : 2005年09月28日 14:39

jizo様へ
 トラウマ(心的外傷)って、「圧倒される体験」そのものの事では無く、そうした体験を「分って貰いたいのに、誰にも分って貰えない状態」の事だと、最近受講している研修で習いました。ここで言う「誰か」って他人だけで無く自分自身も含まれます。
 ここに昔の記憶を書けたことで、少なくとも誰かと「思い」を共有出来たと思うし、jizo様自身がちゃんと内省されていると思うので、きっと「トラウマ」では無くなっているのでは無いか?と思いますよ。
 福祉のセーフィティネット。広げていきたいし、もっと自分自身が人と「関わる力」をつけていかなければとも思います。
 もっと書きたい事、言いたい事、話したい事があるけれど、それは又の機会に…。
 
 さて、予定外の休日が取れてしまったからスリーピー・ホロウでも観ようかな?それでは又。

Posted by: yoshida : 2005年09月28日 23:39

 な〜んだ。
 やっぱヨッシーじゃん(^^;)。
 ところで、トラウマの話はナルホド、って思った。
 jizo.netやダメダメ日記に書きなぐるってのが、自分にとっての精神安定剤になってる・・・そういう要素は確かにあります。
 まあ元々そこまで不安定でもないんだけどね。
 でもこういうプロセスによって、何かしら自分が救われてる事実は否定できませんわ。
 ・・・俺も明日あたり借りて来る。>スリーピー・ホロウ

Posted by: jizo : 2005年10月01日 18:50
コメントする









名前、アドレスを登録しますか?