
先週、11月12日に「火山市民ネット第4回フォーラム〜三宅島大会〜」が開催される予定だった。
「だった」というのは、残念ながら中止されたからなんだけど。
その撮影のために俺、三脚4本、カメラ4台担いで前日から島に入ってた。
ところが、当日の朝になって、伊豆諸島がとんでもない暴風雨に。
結局、参加者の船は着岸できず・・・北海道や九州から、飛行機を乗り継いで来た人達みんな、目の前に島を見ながら無念にも東京へと引き返しちゃった(^^;)。
引き返さざるを得なかった。
で、中止と。
・・・でも、それが「三宅島」なんだって。
そういう厳しい自然に翻弄されながら島の人はこれまでもずっと生活してきており。
噴火だって今回が初めてではなく、20年周期、もしくは60年周期で昔からずっと続いてる。
そんな中で今年2月に全島避難解除がされたんだよな。
あたり前だけど自然の厳しさは今まで通り。
いや、状況はそれ以上に厳しくなっている。
波が高ければ島に着けないのは当然として・・・たとえ島に着けても、雄山から流れてくる火山ガスから身を守るためにガスマスクは手放せない。
島内でアナウンスされる火山ガス情報に耳をそば立てながら眠りにつかなくてはいけない。
荒れた畑を耕すのを手伝ってくれる、若い衆は島を去り、高齢者率は40%を超え、50%にも届く勢いだとか。
酸性雨で朽ちた家を建て直す費用もいるし・・・。
俺が驚く、というか畏敬の念に近いものを島民に対して抱くのは、そういう状況がわかっていながら、それでもなお島に帰ろう、島で生活しようとする人が多いことだ。
ある意味、覚悟を決めて島に戻ってきた人に、ガスだ火山だという事実は、ほとんど何も意味を成さないのだろう。
そういう島の人の想いを聞くにつれて、ギュッと胸が締め付けられる。