2006年06月01日

「愛国心」について(その1)

愛国心:通知表評価項目に 埼玉で52小学校、愛知も−今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

愛国心:通知表評価項目に 埼玉で52小学校、愛知も
 「国を大切にする」などの「愛国心」表記を通知表の評価項目に盛り込んでいる公立小学校が埼玉県で52校に上り、岩手、茨城、愛知県にもあることが毎日新聞の全国調査で分かった。教育基本法改正案を巡る国会審議で、小泉純一郎首相は「愛国心があるかどうか、そんな評価は必要ない」と答弁したが、学校現場は既に評価へ踏み出し、全国に広がる気配だ。【まとめ・井上英介、高山純二、高本耕太】
<中略>
 埼玉県行田市では市立小全16校中14校が、現行学習指導要領の施行と同時に、通知表の6年生社会科の観点別評価項目の一つに盛り込んだ。実際の記載は「わが国の歴史と政治、および国際社会での日本の役割に関心を持って意欲的に調べ、自国を愛し、世界の平和を願う自覚を持とうとする」。担任が3段階で絶対評価する。<後略>


 このニュースを聞いて、いよいよか・・・と思う。
 そろそろ自分にとっての「愛国心」とはなにかをハッキリさせておいた方がいいんだろうなあ。
 僕の結論から言うと、「愛国心はあっていいものだが、人から強要されたり、その度合いを評価されたりすることはあってはならない」ってところか。
 埼玉県の学校での実際の表現は「我が国の歴史に関心を持ち、それを意欲的に調べることを通して、歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を持とうとする」ってことらしいから、これが学習指導ということであるならまあ許せるんだけどな。
 通知表の評価対象にしたあたりがイタイ。
 痛すぎる。
 「私は子どもの教育については何も考えておりません。とりあえずお上の意向に・・・」って校長がゲロッてるのと同じだよ。
 大体、通知表とか内申書での評価対象にされた時点で、生徒やその親がこぞって妙な動き方するの、まだわからんのかね?
 「ボランティア活動」を評価の対象にしてしまったのがそのいい例だと思うが。
 少なくとも友人の保育士はとても困っていたぞ。

さるさる日記 - 男女3人・・・三十路だめだめ交換日記

 教育現場で深い考え無しに「評価対象」にすると、本来意図していたものとは全然違った結果が生まれるってことにいい加減気づけよ。
 そんなことしてたら、そのうち「ニッポン、マンセー!」とか言いながら日章旗両手に持った母親に連れられて「必勝日の丸」ハチマキ巻いた子どもが登校する時代になっちゃうよ。
 完全にズレてる。
 「愛する」という原初的な人間の感性や感情を、評価や強制で無理にコントロールすれば、「いびつな形の愛」しか生まれないってのは北朝鮮や韓国見ればわかるだろうに。
 少なくとも僕は周りの人を不快にするような、こんな奇形の愛国心は持ちたくない。

★厳選!韓国情報★:★<*`∀´> WBCの舞台でも「独島は韓国領土」を世界にアピールするニダ!マンセー!

 だいたい小学生の子どもの愛国心なんてどういう基準で評価するんだ?
 具体的な手段がわからん。
 当然その価値もわからん。
 教育する側が何もかもわからんまま「愛国心の評価」を教育現場に持ち込むってのは、もはや教育者が子どもの教育を放棄してるようにしか見えない。
 しかも内心の自由を保障する日本国憲法に抵触している可能性すら含みながらね・・・。
 いつからこんなに日本の教育は無思慮になったんだ?
 そう言う意味では小坂さんや小泉さんは至極当たり前のことを言ってるに過ぎない。
 色々と黒い策略は見え隠れしますが(^^;)。

岐阜新聞:FLASH24:政治

<全文>愛国心評価行き過ぎは是正 衆院特別委で文科相
 小坂憲次文部科学相は26日午前の衆院教育基本法特別委員会で、学校現場での「愛国心」に関する評価に関連し「一部に通知表の項目で行き過ぎがあれば地域で指摘をいただいて学校長にも理解を求める努力をしたい」と述べ、行き過ぎた場合は是正を指導する考えを示した。
 小坂文科相は「内心を評価してABCとつけるのはとんでもない」と強調した。
 小坂文科相は改正案について「国会で十分な審議をいただき、速やかに国民の期待に沿って多くの委員に賛成いただけることを期待する」と述べ、民主党の歩み寄りを得て早期成立することに期待を表明


Yahoo!ニュース - 共同通信 - 「愛国心」評価必要ない 教基法特別委で首相

<全文>「愛国心」評価必要ない 教基法特別委で首相
 小泉純一郎首相は1日午前、衆院教育基本法特別委員会で、学校現場での「愛国心」評価について「愛国心があるかどうかの項目は必要ない」と述べ、通知表に評価項目を設けるべきではないとの考えを示した。
 首相はその上で「子どもに対し、愛国者になれというのは違う」と強調した。
 首相が政府の同法改正案について「数十年先を見越したものであった方が良い」と、今後数十年間は再改正する必要のない内容にすべきだとの認識を示したのに対し、小坂憲次文部科学相は「憲法改正ができるような情勢になり、憲法に沿って改正すべき点が生じれば、その時点で改正する必要が生じるかもしれない」と述べ、再改正の可能性に言及し、首相答弁との食い違いをみせた。


 国に限らず何か、誰かを愛するってのは、その対象との間に確固たる信頼関係がまず築かれなくては話にならない。
 どう考えても「法で規定」とか「評価」なんて言葉とは相容れない概念だ。
 なじまない。
 もちろんそれは政府とて十分認識しているんだろう。
 それでも敢えて教育基本法の中で「愛国心」に触れておきたいというのは、よっぽどの理由があるからに違いない。
 覇権主義に傾く大国中国&ロシア。
 朝鮮半島の不安定さ。
 資源問題を含んだ近隣諸国との領土問題。
 混迷する中東。
 いずれもそういった問題事項、外的要因に対峙するときは、日本の国としての求心力を保っていた方が事を有利に進められる・・・それは感覚として何となく理解するんだが。
 だから「愛国心」が必要なんだと言ってるんだろうが・・・しかし結局は法で規定された愛でしかない。
 評価される愛である以上、それは急こしらえの張りぼて愛国心に他ならない。
 当たり前だな。
 「愛国無罪!」で日本領事館をぶっ壊したどこかの国の市民のように、所詮は時の政府に上手く利用されるだけの愛国心にしかならないんだと思う。
 (その2〜電波編〜へ続く?)

投稿者 jizo : 2006年06月01日 14:15 | トラックバック (0)
コメント

自分の国の歴史や伝統に関心を持ち,国を愛するのは自然なことだけに,強制されると腹が立つ.
それ以前に,「心」とつくものを評価の対象にしようとする考え方,とても不愉快

Posted by: M2 : 2006年06月01日 23:30

 まあそういうことです。
 

Posted by: jizo : 2006年06月02日 13:58

学校で評価できるものは、ほとんどの場合、
「努力している」「仲良くしている」「きちんとしている」と、表面に現れるものになります。
態度に明確に現れていなくとも、内面を評価できる先生に出会えたら、それはとてもとても幸せなことです。
先生方がダメダメってことではなく、それほど内面を見つめるっていうのは難しいことです。
増してや、詰め込み、お受験向け学校なら尚更。(公立、私立問わず)

例えば、「作者の心情」を鋭く洞察していたとしても、「文章」もしくは「言語」によって
「表現」していなければ「評価」には繋がりません。
とすれば、「愛国心」の「評価」を上げるためにはやっぱり、毎日、日の丸のTシャツを着て
君が代を歌いながら登校し、「賢者にして偉大なる大日本帝国マンセー」と叫び続ければ・・・違う施設に連れて行かれますね(^^;

Posted by: Ino : 2006年06月02日 22:40

 まあそういうことです(^^;)。

Posted by: jizo : 2006年06月03日 03:09
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