2007年06月20日

これ、本当だとしたらスゴいことだと思うんだけど。

大紀元時報−日本

<全文>植物状態の19年間 感覚も記憶もあった
 【大紀元日本6月19日】19年間植物状態に陥っていたポーランドのヨウ・グラフスキンさんは、2007年4月12日、奇跡的に目覚めた。しかも驚いたことに、植物状態であった19年間に聴覚、視覚、思考、記憶など大脳の機能はすべて正常に働いていたというのだ。ただ動くことが出来ず、自分の感覚、感情を表現することはできなかった。
 ヨウ・グラフスキンさんは、ポーランド鉄道部門の労働者だった。1988年、仕事中に電車にぶつかり、頭部に損傷を受けた後、植物状態になったが、奥さんの献身的な介護で19年後、奇跡的に意識が戻った。
 ヨウ・グラフスキンさんは、自分が植物状態に陥っていた間の様子について、次のように語った。「動くことが出来なかったとき、私の身の回りで発生したことは全部分かっていました。ただ体を動かすことができず、話すこともできなかったので、毎日寝たきりで、気持ちがとても焦っていました。私を献身的に介護している妻の姿を見て、学校から帰ってきた子供たちが私の周りでうろうろしている様子を見て、隣の部屋で子供達が結婚式をあげた時の嬉しい笑い声を聞いて、孫達の可愛い顔を見て、私はとても焦っていました。言いたい事が何も表現できなかったからです。今、私は少しずつ昔のことを思い出しています」。
 この話からすると、ヨウ・グラフスキンさんは、19年間をまるで夢の中で過ごしてきたようだ。ただ、この夢はあまりにも長すぎた。


 脳死と植物状態というのは定義(状態)が違うので、日本で同じ事態に陥っても臓器移植云々という話は出ないはず。
 でも安楽死が認められてる国で、もし家族がそれを望んでしまったら・・・家族の前で、為す術も無く、殺されていく自分を認知する・・・そんな残酷な話にもなりかねないよね。
 それにしても19年間もベッドの上で自分の感情も表現できなかったなんて・・・俺なら発狂してるな。
 何にもましてその間ずっと介護していた奥さんには敬意を表する。
 「夢」から覚めてよかった。

投稿者 jizo : 2007年06月20日 18:21 | トラックバック (0)
コメント

それ、かなり以前から僕も認識している。
叔父が倒れて7年間の入院で無くなったのだが、一瞬だけ「コッチの世界」に戻ってくる事があった。
だから、僕の父親が無くなる時も、カミサンの母親に大してもコミュニケーションできないだけでもしかしたら意識があるという前提で接したものです。

Posted by: 重田光雄 : 2007年06月20日 23:24

 あ、やっぱそうですか。
 実はボクは前々から一部の先天的な脳障害(児)者なんかもそうなんじゃないかと思ってます。
 単にインプットのバランスやアウトプットの回路に異常をきたしてるだけなんじゃないかと。
 今の医療の世界ではそのあたりどういう認識になってるんでしょうね。
 このあたりのことはとても興味があります。

Posted by: jizo : 2007年06月21日 00:00

母が亡くなる時,医師に,聴覚と触覚は最後まで残るから,言葉に注意するよう言われた.
痛みを感じないよう,鎮静剤で意識を落としたままにした後も,好きな音楽をかけると微かに首を動かしたり,かけた言葉に応えるように微笑んだりすることもあった.
そんな状態,自分だったら,却って辛い気がする.

Posted by: M2 : 2007年06月21日 00:15

 聴覚と触覚が残るのか。
 そういえば以前何かの本で読んだ憶えがあるなあ。
 意識の戻らない患者がいる病室の外で、親族らがその患者の死んだ後のことをヒソヒソ話していたら・・・何故かその患者には聞こえていて・・・後で意識の戻った患者がそのことを話したら皆驚いてたって。
 小説だったけ?
 いや、違うなあ。
 とにかく、別の言い方をすると、意識レベルが低くなってベッドに寝ている人は、見舞いに来る人や看護・介護する人の本心をちゃんと見抜いてるってことかもしれない。

Posted by: jizo : 2007年06月21日 01:17
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